便利な道具に振り回されないために
「脱Excel」という言葉を耳にする機会が増えました。
デジタル化、業務効率化、DXといった話題の中で、Excelはまるで古い仕事の象徴のように扱われることがあります。
「まだExcelで管理しているんですか?」
「これからはクラウドシステムを使いましょう」
「Excel管理から卒業しましょう」
そんな言い方をされることもあります。
けれども、私は「脱Excel」とは、単にExcelをやめて、クラウドサービスや最新システムに置き換えることだとは考えていません。
本当に考えるべきなのは、
Excelを使うか、使わないかではなく、その道具が事業に役立つ使われ方をしているかどうか
です。

Excelは悪者なのか
たとえば、こんな経験はないでしょうか。
せっかく苦労して作ったExcelの集計表。
関数や計算式を入れて、入力すれば自動で合計が出るようにしたのに、使っている人が誤って計算式の入ったセルを消してしまい、表全体が壊れてしまった。
それならばと、セルの保護やシートの保護を設定して、計算式を消せないようにした。
ところが今度は、使う側から「なんだか難しい」「触ってはいけないところが多くて怖い」と言われ、結局、紙に書いてあとから誰かが転記する作業に戻ってしまった。
あるいは
Excelが得意な社員がマクロやVBAを使って、毎月の集計作業を自動化してくれた。
最初はとても便利だった。ところが、業務の内容や作業手順が少し変わった途端に動かなくなり、その修正ができない。
しかも、そのマクロを作った社員は退職してしまい、今となっては誰にも中身が分からない。
こうした話は、決して珍しいものではありません。
これらに共通しているのは、Excelを使ったことそのものが問題なのではなく、
目先の作業を少し楽にするために作った仕組みが、長い目で見ると業務全体の効率化につながっていなかった
という点です。
「小手先の効率化」はなぜ起こるのか
Excelは非常に優れた道具です。
少し勉強すれば、手書きの表をパソコン上できれいに再現できます。
電卓で時間をかけて計算していたものを、関数で一瞬にして集計できます。
並べ替え、フィルター、ピボットテーブル、グラフ、条件付き書式などを使えば、かなり高度な分析も可能です。
だからこそ、Excelは「小さな効率化」ととても相性が良いのです。
- 昨日まで手書きだった表をExcelにする。
- 毎回電卓で足していた数字を自動計算にする。
- 毎月同じように作っていた一覧表をコピーして使い回す。
これだけでも、現場では十分に「便利になった」と感じます。
しかし、その便利さが落とし穴になることもあります。
- 業務の目的や流れを見直さないまま、今ある作業だけをExcelに置き換える。
- 入力ルールを決めないまま、各自が好きな形で表を作る。
- 集計しやすいデータの持ち方ではなく、見た目が分かりやすい帳票の形だけを優先する。
- 作った人しか分からない関数やマクロが増えていく。
こうなると、最初は効率化のつもりだったものが、いつの間にか「誰にも直せない」「変更できない」「引き継げない」仕組みになってしまいます。
問題は「Excelだから」ではない
ここで大切なのは、問題の本質を「Excelだからダメ」と決めつけないことです。
たしかに、Excelには向いている業務と向いていない業務があります。
複数人が同時に入力する業務、厳密な権限管理が必要な業務、履歴を残す必要がある業務、大量データを長期間蓄積する業務などでは、専用システムやクラウドサービスの方が適している場合があります。
一方で、少人数の会社やお店が、日々の確認表、簡単な集計、試算、臨時の管理表としてExcelを使うことは、今でも十分に有効です。
むしろ、目的がはっきりしていて、使う人が理解でき、業務に合っているのであれば、Excelは非常に強力な道具です。
「Excelを使っているから古い」のではありません。
- 「なぜその表を作っているのか」
- 「誰が、いつ、何を入力するのか」
- 「そのデータをあとで何に使うのか」
- 「担当者が変わっても使い続けられるのか」
こうしたことを考えずに使っていることが問題なのです。
生成AIにも同じことが起こっている
最近は、同じようなことが生成AIでも起こっています。
- 「生成AIで文章を作れば時短になります」
- 「メール文を考えてもらえます」
- 「SNS投稿やチラシの文章も作れます」
- 「議事録をまとめられます」
もちろん、これらは便利です。
私自身も、小規模事業者の方に生成AIの活用例をお伝えする際には、こうした身近で分かりやすい使い方を紹介することがあります。
しかし、そこで終わってしまうと、
イマドキの最先端の生成AIでさえもExcelで起こった「小手先の効率化」と同じことになりかねません。
- 生成AIに文章を作らせて少し時間が短縮できた。
- キャッチコピーをいくつか出してもらえて便利だった。
- メールの文面を整えてもらえて助かった。
それ自体は良いことです。
けれども、それが本当に商売の成果につながっているでしょうか。
たとえば、
- 過去のお客様の問い合わせ内容を整理して、よくある悩みを見つける。
- 売上データや予約状況をもとに、繁忙期や売れ筋の傾向を考える。
- 自社の強みやお客様から選ばれている理由を言語化する。
- 従業員が迷いやすい作業手順を整理し、マニュアルやチェックリストにする。
こうした活用まで進むと、生成AIは単なる時短ツールではなく、事業を見直すための道具になります。
つまり、生成AIもExcelと同じです。
使うこと自体が目的ではありません。
自社の仕事や商売にどう役立てるかが大切なのです。
道具は「最新」より「使いこなし」
デジタルツールは、ペンや紙、電話やFAX、車やバイクと同じく、仕事を進めるための道具です。
- 車が便利だからといって、すべての移動に車が最適とは限りません。
近所のちょっとした移動なら、自転車や徒歩の方が早いこともあります。 - Wordで整った文書を作るより、手書きのメモの方が素早く、相手に意図が伝わることもあります。
電話よりもFAXの方が、相手先の業務には合っているという場面も、業種によってはまだあります。
道具には、それぞれ向き不向きがあります。
Excelも、クラウドサービスも、生成AIも、スマートフォンも、POSレジも、会計ソフトも、予約システムも、すべて同じです。
大切なのは、流行しているから使うことではありません。
自社の仕事に合った形で、無理なく、継続して、きちんと使いこなすことです。
時には、生成AIで高度な分析をするよりも、使い慣れたExcelで集計し、紙に印刷して現場で確認する方が、よほど実務に役立つこともあります。
クラウドシステムを導入するよりも、まずは今あるExcelの入力ルールを整える方が効果的なこともあります。
逆に、Excelで無理をしている業務をクラウドサービスに切り替えることで、大きく改善することもあります。
答えは一つではありません。
「脱Excel」とは、Excelをやめることではない
では、「脱Excel」とは何でしょうか。
私は、こう考えています。
脱Excelとは、
Excelという道具を捨てることではなく、Excelに頼りきりの場当たり的な仕事の進め方から抜け出すこと
です。
- Excelでよい業務は、Excelをしっかり使えばよい。
- Excelでは限界がある業務は、他の仕組みを考えればよい。
- 紙の方が早い業務は、紙を残してもよい。
- 生成AIが役立つ場面では、積極的に使えばよい。
大切なのは、「何を使うか」ではなく、「何のために使うか」です。
自社の業務を少し引いて眺めてみる。
同じ作業を毎回繰り返していないか。
作った人しか分からない仕組みになっていないか。
入力したデータが、あとで活用できる形になっているか。
その作業は、本当にお客様への価値や売上、利益、働きやすさにつながっているか。
こうした問いを持つことが、本当の意味でのデジタル活用の出発点です。
皆さんの商売で、本当に役立っているデジタルは何ですか
デジタル化というと、つい新しいツールや難しいシステムを思い浮かべがちです。
しかし、身近なところにも、すでに役立っているデジタルはたくさんあります。
- スマートフォンで商品の写真を撮る。
- LINEでお客様と連絡を取る。
- Googleマップで店舗情報を更新する。
- Excelで日々の売上を確認する。
- POSレジで売上傾向を見る。
- 会計ソフトで資金繰りを把握する。
これらも立派なデジタル活用です。
最新の道具を追いかけることよりも、今ある道具を自社の仕事に合わせて徹底的に使いこなすこと。
その方が、小規模事業者にとっては、はるかに現実的で、成果につながりやすい場合が多いのです。
ところで、皆さんのご商売で、実は一番役立っているデジタルツールは何でしょうか。
ちなみに筆者が一番よく使っているデジタルツールは、意外かもしれませんが
「スマートフォンのカメラ」
です。
現場の様子、ホワイトボードのメモ、機器の型番、エラー画面、名刺、資料、手書きのメモ。
とにかく何でも撮っておく。あとから確認できる。共有できる。記録に残せる。
これもまた、立派なデジタル活用です。
「脱Excel」とは、Excelを否定することではありません。
道具に振り回されず、自社の商売に役立つ形で使いこなすこと。
その視点こそが、これからの小規模事業者にとって、本当に必要なデジタル化なのではないでしょうか。

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